第二章 恐怖なるモノの帰還 – THE RETURN OF TERROR

■Khandurasの地にて – THE LANDS OF KHANDURAS
 最後のHoradrimが死去してより年月が経った後も、西方諸国は発展し続けていた。多くの東方諸国からの巡礼者がKhandurasを取り巻く土地に定住し、やがて国となった。これらの国は土地問題や貿易路といった軋轢によってKhandurasと諍いを起こした。しかしこれらの些細な諍いは西方諸国の平和を乱す程ではなかった。そして、北方の王国WestmerchとKhandurasは貿易や物流において強い協力関係を結ぶべきであることが判ってきた。

 Zakarumとして知られる法の側の宗教がWestmarch王国を始めとする北方公国全土に広がった。Zakarumは極東で始まった宗教であり、信者は自らの中の闇を捨て去り光へと没入することを祈願するというのがその教義であった。Westmarchの人々は、Zakarumの法をこの世界における神聖な任務として組み入れた。Westmarchは他の国も同様にZakarumの法を取り入れるよう積極的に働きかけ始めた。Zakarumの司祭たちが他の国の者たちに歓迎されているか否かに関わらず自らの教義を声高に話し始めるに連れ、WestmarchとKhandurasの間に不和が広がり始めた。

 偉大なる北方の貴族LeoricがKhandurasの国に訪れ、Zakarumの名の下に王位を宣言した。Leoricは深く宗教に傾倒しており、司祭と騎士たちを部下としていた。Leoricとその側近である大司祭LazarusはTristramに向かうと町外れの朽ちた修道院を接収し、自らの権力を示すために復興させた。異国の王の支配を突如として受けることとなったため、当然のようにKhandurasの人々は不満に思った。しかし、Leoricはこれに対して実力と正義とを示して見せた。やがてKhandurasに住む者たちは、Leoricが闇の存在から人々を守ることだけを一心に考えていることに気づき、情け深いLeoricに対して尊敬の念を抱くようになった。


■覚醒 – The Awakening
 LeoricがKhandurasの支配を得てから程なくして、修道院の地下深く、闇の中で眠っていた力有る存在が覚醒した。Diabloは自身が解放されつつあることに気づき、大司祭Lazarusの悪夢へと介在し、彼を自らの封印されている地下迷宮へと誘った。恐怖に支配されるまま、Lazarusは燃えるSoulstoneの玄室まで限界を越えて急いだ。最早Lazarusの肉体も魂も自分の意思のままにはならず、何かに促されるままに燃え盛るSoulstoneを頭上にかかげると、定命の者たちの世界で長い間忘れ去られていた言葉を口にした。

 Lazarusの意思は破壊され、同時にSoulstoneも粉々に砕けた。Diabloが再び人間たちの世界へと降臨したのだ。DiabloはSoulstoneから解放されたが、長きに渡る封印によって弱体化しており、加えて世界に留まるための存在が必要だった。Diabloは定命の者を自らの肉体にしなくてはならず、失われた力をも再び取り戻さねばならなかった。偉大なる悪魔は自分の頭上の街に住む者たちを入念に探り、その中で最も強力な存在を自らのものとすることに決めた。それは、Leoric王であった。

 これより数ヶ月に渡ってLeoric王は思考と感情を絡め取ろうとする悪意ある存在と密かに戦った。自身が未知の悪意ある存在の影響下にあることに気づいたLeoric王は、自らの内にある信心と正義とがこの悪意を退けることを信じ、このことを己一人の秘密として司祭たちに一切相談しなかった──これは、間違った行為であった。DiabloはLeoricの存在から高潔と美徳を焼き払い、彼の自我をむき出しにした。LazarusもLeoricと同様に悪魔の支配下に落ちていた。Lazarusは主たる悪魔Diabloの力を増すため、Zakarumの使途という隠れ蓑を使って主の密やかな蠢動と計画を誰にも気づかれぬよう画策した。

 やがてZakarumの司祭たちとKhandurasの市民は、自分たちの王の変化に不安を感じ始めた。誇り高く意志強固であった筈のLeoricは、既に歪み捻じ曲がり変貌させられていた。Leoricは狂気に足を踏み入れ、自分の市政に反対する者に対して即刻死刑を命じた。更に、配下の騎士たちを近くの村々に派兵させ脅し、絶対の服従を人々に強要した。Khandurasの人々は、かつて高潔であった自分たちの支配者を”凶王”Leoric(Leoric the Black King)と呼んだ。

 ”恐怖の支配者”によって正気を失ったLeoric王は、徐々に親友や相談役をも遠ざけ始めた。法の団の騎士団長でありZakarumの高潔なる勇士であるLachdananは、国王の状態が明らかにおかしいと感じ取っていた。大司祭LazarusはLachdananの国王の行動に対する批判や問題を挙げ連ねることに事ある毎に警告を促した。LachdananとLazarusの間にある種の緊迫感が増した時、LazarusはLachdananをLerociの騎士と司祭の法廷に反逆罪で告発した。Lachdananはこの行為を莫迦げていると楽観視していた。Lachdananの国王に対する非難の動機は高潔さと公正さから出たものであり、王を敬愛する故のことであったと法廷で発言した。多くの者たちも、最愛の国王が変貌した理由を知りたがった。実際に、Leoricの狂気は最早白日のものとなっていた。法廷の顧問官たちは、Lazarusがこの悪意ある状況を生み出しているものではないかと薄々気づき始めてもいたのだ。大司教Lazarusは、Westmarch王国がLeoric王を退位させ、Khandurasを版図に加えようと計画していると王を唆した。Leoricは怒り、KhandurasとWestmarchの間に戦争が勃発した。

 Leoricは相談役からの警句を無視し、Khandurasの軍に北へ向かうよう命じた。LachdananはLazarusによってKhandurasの軍をWestmarchに率いるよう指名された。Lachdananはこの戦争の必要性に疑問を感じていたが、国王の意思に従うことを騎士として義務付けられていた。司祭や高官の多くが外交面や特使として北へと旅立たねばならなかった。Lazarusはこの策略によって、相談役や高官など、自らの蠢動に気づき始めていたものを含めて厄介払いすることに成功した……。


■Tristramの黄昏 – The Darkening of Tristram
 国王の変貌に対する詮索や疑惑を抱いていた相談役や司祭たちがいなくなったことで、Diabloは魂を破壊された国王を完全に支配することができると考えていた。しかしDiabloがLeoricを支配しようとすると、その魂は頑強に抵抗したのだ。DiabloはLeoricに対して執拗に支配しようと試したが、力の大半を失っていることもあってか長時間に渡って支配することが叶わなかった。Diabloは新たに無垢な宿主を求めねばならなかった。

 DiabloはLeoricの支配を諦めたが、その精神は狂気のままに捨て置かれた。Diabloは己の肉体となるべき完璧な存在をKhanduras中に捜し求め、容易くすぐ近くに見つけ出した。主たるDiabloに命ぜられるまま、LazarusはLeoric王の唯一の息子であるAlbrechtを誘拐し、恐怖に怯える少年を漆黒の闇の迷宮の中へと連れ去った。少年の無防備で純粋な精神は恐怖によって溢れ、Diabloは容易くAlbrechtを完全に支配した。

 苦痛と劫火がAlbrechtの魂を包み、醜悪な嘲笑が彼の頭の中を満たして思考を曇らせた。恐怖に身をすくませ、AlbrechtはDiabloの存在を感じた。それはAlbrechtを深遠へと、闇と忘却の深遠へとその精神を埋めようとしていた。Diabloは年若い王子の眼を通して今の状況を把握した。Leoricの支配を得られなかった失望が、Diabloに飢餓感を抱かせていた。しかし、Albrechtの悪夢によって飢餓感を満たそうとしていた。Albrechtの潜在意識深くへと手を伸ばし、Diabloは彼の魂が隠れた場所を露にすると恐怖を与えた。

 捻くれた異形の姿が夢の中でAlbrecht自身の周りに現れた。恐怖に引きつる邪悪な相貌が彼の周りに踊り邪な言葉を歌った。全ての怪物たちがAlbrechtの想像が信仰の中から這い出し、肉体と生命を与えられた。脈打つ岩の体躯を持つ存在が生まれ、邪悪なる主に叩頭した。古代のHoradrimたちの遺体は古の地下墓所より起き出し、地下迷宮にゆっくりと徘徊した。狂気の声と悪夢とがAlbrechtの壊れつつある精神に対して最後の一撃を加えた。血に飢えたGhoulと悪魔とがAlbrechtの悪夢の回廊に撒き散らされた。

 Horadrimの古代の地下墓所は恐怖の迷宮へと変貌した。Diabloの憑依によって力を与えられたAlbrechtの想像上の怪物たちは現世に実体を持つことになった。現実世界の境界線が歪み、破れ始めたことに対してAlbrechtは大きな恐怖を感じた。地下迷宮の中で煉獄が人間世界に近づき、その影響が出つつあった。地下迷宮の生物と空間は千変万化に変貌し、人々の絶叫がこだました。

 Albrechtの肉体は完全にDiabloによって支配され、その姿も変化した。幼かった少年の肉体は大きくなり、蔦のような棘が肉体を突き破った。そしてその眼には炎が燃えていた。巨大な湾曲した角がAlbrechtの頭蓋から生え、肉体はDiabloの存在に合致するよう完全に変貌した。迷宮の奥底で、Diabloは力を増しつつあった。Diabloが再び力を取り戻した暁には人間世界を旅し、捕らわれた兄弟MephistoとBaalを解放しようとしていた。そして、三兄弟は再び地獄における正当な地位を奪い返すのだ。


■凶王の崩御 – The Fall of the Black King
 Westmarchの士気高い軍隊に対する戦いは、目を覆わんばかりの戦死者を出して終わった。Khandurasの軍はWestmarchの守備軍の圧倒的な数に対してぼろきれのように引き裂かれたのだ。Lachdananは捕虜とならなかった者たちや戦死しなかった者たちを集結させると後退を命じた。結局、彼らは混乱状態となったTristramの街を見るためだけに戻ることとなったのだ。

 Leoric王は自らの息子が行方不明となったことを知ると、狂気と苦悶から深い怒りを発露した。修道院で息子と一緒にいた少数の警護兵を死罪とした後、Leoricは街の者たちが息子を誘拐して監禁しているのだと思い込んだ。街の人々はAlbrecht殿下の所在を始め一切知らないと否定したが、Leoricは想像の中で人々の自分に対する悪意と計画を妄想し、裏切り行為に対しては相応の報復を行うことを宣言した。王が配下の評議会をTristramへと連れて行こうとすると、大司教Lazarusも奇妙なことに失踪していた。深い悲しみと判断力の欠如によって、Leoricは街の人々を大逆の犯罪者として処罰した。

 Lachdananと彼に率いられた敗残兵たちが国王の元へと戻ると、Leoricは彼らに対して警護兵を派兵した。Lachdananもまた陰謀の一部であると信じ込み、帰還兵を含めて全員に死罪を命じた。Lachdananは最早Leoric王を救うことは叶わないと悟り、配下の者たちに抵抗を命じた。これによって起こった戦いは、最終的にHoradrimの神聖な領域であった修道院の地下へとその舞台を移した。LachdananはLeoricの哀れな警護兵たち全てを殺し、苦い勝利を掴み取った。

 Lachdananたちは王を追い詰め、残虐な行為に対する説明を求めた。Leoricは王権と法に背いたとLachdananたちを呪い唾棄した。Lachdananは悲しみを押し殺して王に近づき、ゆっくりと剣を手にした。深い悲しみと怒りによって、全ての忠誠心は風の如く消えていた。Lachdananは狂いし王に剣を振り下ろした。

 かつては気高い国王であった男は、死の間際に名状し難い絶叫とともに自分を裏切り死に追いやった者たちに呪詛の言葉を吐いた。自らの残りの命を捧げ、闇の存在にLachdananと他の者たちを永遠に罰するよう誓願したのだ。修道院の中心にて起こった最後の瞬間に、Khandurasの徳高く高潔な者たち全員が永遠に死した。


■Diabloの支配 – The Reign of Diablo
 凶王は配下の司祭と騎士たちの手によって倒れ、若きAlbrecht王子は行方不明となった。そして、Khandurasの守護者たる存在はこれにて誰一人としていなくなった。誰一人として、いなくなったのだった。Tristramの人々は活気を失った街を見渡し、底知れぬ不安に襲われた。救いと慈悲を心より望んだが、その問題が最早彼らにとっても身近なモノとなっていることにやっと気づいた。不気味で奇妙な光が修道院の暗い窓辺を漂い、皮革を持つ生き物が教会の影から駆け出た。身の毛もよだつ叫びが地下深くから聞こえ、風に乗って辺り一体へと響いた。自然ならざる存在が神聖なる場所にはびこっていることは、最早疑いようも無かった。

 Tristramを取り巻く街道では、人気の無い場所を歩き回る衣を被った騎手によって旅人が襲われた。多くの村人が他の街や王国へと逃げ出した。残った少数の者たちは夜出歩かず、修道院へは近寄ろうとしなかった。夜な夜な罪無き人々が誘拐され、邪悪なる魔物が宿屋を占拠していると云う噂話が囁かれた。王も無く、法も無く、軍も無く、最早街の人々を守るものは何一つとして無かった。人々は街の地下に住まうモノに襲われることを恐れていた。

 やつれ果てた姿ながら大司祭Lazarusが失踪から戻り、街の人々に修道院が育ちつつある悪意ある存在によって占拠されたのだと示した。平穏と安堵を得るためという大儀によって判断力を鈍らせた住民は、Lazarusの言葉に踊らされるまま熱狂的に行動した。LazarusはAlbrecht王子が行方不明であることを街の人々に思い出させると、この少年を探すために修道院の地下に向かうよう説得した。人々は松明を集め、シャベルやツルハシ、鎌で武装すると、地獄の顎へと向かう大司祭の後へとついて行った。

 大司祭Lazarusについて行った者たちを待ち受けていた恐るべき運命は、少数ながら生き残った者たちによってTristramに伝えられた。生き残った者たちの怪我は酷く、治癒術者の技術を集めてさえ救うことは叶わなかった。悪魔と妖魔の話が広がると、街の人々の心は畏れに支配され始めた。無知なるが故に恐怖に怯えざるを得なかった。

 修道院の地下深くでDiabloは人々の恐怖を喰らっていた。Diabloは再び闇に沈み込むと、失った力を取り戻し始めた。”恐怖の支配者”Diabloは、身を休める闇の中で僅かに微笑した。何故なら、最早勝利の時は目前であった……。

コメントする