■エルダイト(Erudite)、死霊術(Nectomancy)、そしてミラガル(Miragul)の隆盛と没落

 アラデューン・ミスラ(Aradune Mithara)──時に歴史家、レンジャーの将にしてカラナ(Karana)の先導者──は物語った。

 三千年以上昔、人類は幼少期にあった。
 人類はアントニカ(Antonica)大陸中央部に居住していたが、巨大で肥沃なカラナ平原(Plane of Karana)へゆっくりと居住地を広げていった。村が現れ、成功したものは町の大きさとなり、その内のふたつは街になった──西にはクェイノス(Qeynos)、東にはフリーポート(Freeport)である。人類は、古き種族からは軽蔑を持って遠くから見られていたが、強く──そして急速にノーラス(Norrath)の世界中に足場を確保し、留まった。
 しかしながら、これは人類が平穏であったことを意味しない。
 似たようなものたちが集まったり、他には共通の目的をもつもの同士によって、始めに小さな集団が形成された。競合は激しく、資源がある理由から不足したか、或いは他の多くの集団が過去の誓約や同盟を破棄した時、戦いとなった。少数の指導者は市民階級に対し、何故北の寒冷地より逃げてきたのか思い出すようしきりに説得を試み、戦いに対する反対意見を述べた。かつて平和という名目でハラス(Halas)から、そしてバーバリアン(Barbarian)の兄弟から彼らは逃げたのだ。指導者は、もう一度全てのものが同意していた人類の長のもとに結集することを強く主張した。彼らの叫びは無視されることなく、争いは静まった。

 村はお互いに取り引きを行い、競合には暴力を用いずに応じるよう奨励された。主に農業に基づいた経済が現れ、村と小さな町の周りには広大な農場が広がった。大部分の指導者はこれに満足し、平和と、そして一日の仕事の後全ての人々のテーブルの上に食事が出されること以上のものをなにも望んでいなかった。しかし、少数のものは更に多くを欲したのだ。彼らは、北に住むバーバリアンの兄弟たちが我慢している生活水準を大きく越え、高い生活水準に達していたにも関わらず、満足しなかったのである。
 探検家と冒険家がエルフ、ドワーフや他の奇妙な生物の話や、古代の見捨てられた都市の記述と共に遠くから戻って来た。少数ではあったが、魔術や神秘的な術などの限られた知識を持ち帰った者さえいた。不満を持っていた少数の指導者がこれらを聞いた時、嫉妬と共に決意したのである。偉大な知性の虚弱な小男エルド(Erud)がこの集団を率い、そして彼は評議会の中に彼らを形作った。彼らは遅からず仲間に苛立ち、嫌悪の念すら抱いた。スパイ網を残し、エルドの信奉者の残りの者たちはクェイノスを見捨て、小さな船団に乗り込んだ。彼らは西へ針路を取り、やがてオデュス(Odus)大陸の不毛な海岸に上陸した。土地は痩せており無人であったが、評議会とそれらの人々にとっては非常に魅力的であった。彼らは速やかに、クェイノスにもフリーポートにも似ているところの無い、はるか高くそびえる楼閣状の都市を築いた。その都市はエルディン(Erudin)と呼ばれた。

 エルディンでは、学者と識者が自らを"高位の者"(High Man)と呼び、スパイによってもたらされた報告や得られた書物や巻き物、他には古器(Artifact)等の収集と分析とを行った。人類初の魔法の使い手は、そうして生まれたのである。魔術師(Wizard)、妖術師(Sorcerer)、そして付与術師(Enchanter)は、エルディンの大会堂に位置を占め、力と知識は大いなる成長を見せた。非常に熟練した術の使い手の一人の名を、ミラガル(Miragul)という。
 ミラガルは他の者と違い、より一層極端で、東の大陸に住む人間の兄弟を嫌うだけではなく、同じエルダイトまでもを憎むようになった。ミラガルにとっては、どちらも先見の明無く狭量であったのだ。彼らは思想に学派を創り、魔法を三つのグループに分類し、それぞれの職業に割り当てた──魔術師(Wizard)、妖術師(Srocerer)そして付与術師(Enchanter)に。ミラガルはこれが制限であることに気づき、思想をひとつの学派か、あるいは他に限定されることに対して非常に憤慨した。だがミラガルは、まもなく同じ考えの者たちが存在することに気づいた。
 それは小さいが、増えつつある追放者の集団であった。追放者たちは禁じられた書物や、大多数の学生から隔離された、一般に秘密とされている知識をたびたび研究していた。評議会は、道徳的、倫理的な観念から、スパイによって遠方からもたらされた情報の多くに反対していたのだ。ミラガルはこの追放者たちが、三系統の魔法だけでなく、第四の魔法についても研究を行っていることに気づいた。死霊術(Necromacy)と呼ばれるそれは、少数の幸運なスパイが遠き地下都市──ネリアク(Neriak)と呼ばれるダークエルフの故郷──からその術の書かれた古代の書物を持って生きて戻ってきたのだ。ミラガルは興味をそそられ、強力な魔術を使用して四つの個性、四つの名前と容貌とを作り出した。そしてこの問題に関して、評議会や他の誰にも知られることなく、四系統の学派全てへと加入したのである。

 数年が過ぎ、知ることのできるもの全てを知ろうという欲望が増すと共に、評議会は遠い地だけでなく都市の中にも死霊術者(Necromancer)の集団を発見した。死霊術者は異端者であるとの烙印を押されたため大きな対立が生じ、その結果数百年の歴史の中で初めてエルダイトたちによる戦争が起こったのである。それは彼らが嫌い、そして大陸から逃げ出したものとなんら変わりはない内戦であったにも関わらず、彼らは戦争に従事した。だがそこには今までと違い非常に重大な差違が存在した。彼らは弓や剣を使わず、魔術を行使したのである。そしてその結果は悲惨なものであった。何百もの生命が失われ、巨大な建物や構造物は破壊された。異端者たちはエルディンより逃げ隠れて、オデュスの南部地域にて再編成を行うことを強いられた。
 四系統全ての学派のメンバーであったミラガルは、対立が始まった時その意味に気づかないことはなかった。彼は異端者たちが都市から逃げ出す前からそこにいた四番目の個体を見捨て、表面上評議会を支持した。けれどもこれは、時間を稼ぐための策略にしか過ぎなかったのである。ミラガルはすぐさま全ての古器(Artifact)と学術書を集めると慎重に盗み出し、オデュス大陸より立ち去ると船でアントニカ大陸に向かい、クェイノスへと戻った。人間たちの国は、彼にとって嫌悪感を抱かせるだけでなくエルダイトのスパイも多かった。ミラガルは恐怖を抱き、偏執的にさえなって、再び逃げ出した。彼はハラスのバーバリアンたちを避けることを望み、遠く北へ向かい、そして東へと進んだ。何週間もの後に、ミラガルは自分が"冬の深淵"(Winter's Deep)と呼ばれる湖の近くに辿り着いたことに気づき、そこにしばらく身を隠した。隠れ待っている間も、彼の知性は休むことはなかった。ミラガルは計略を巡らし、計画を立て、エルディンから持ってきた巻き物や学術書の字句を調査した。時が経ち、理解と力が増したにも関わらず、ミラガルは満足できなかった。更に一層神秘的な知識に対する深い飢えが彼を虫食んだのである。

 ミラガルは程なくして隠れ場所から立ち去り、古代の書物と古器を探し長い旅路へと出た。彼の力は増大し、その自信がエルダイトのスパイに対する恐れに打ち勝ったのだ。もう一度偽りの個性と容貌で自分自身を覆い隠し、ミラガルは人類の国を旅した。古器の隠し場所から南に位置するそう遠くない場所に、新しい種族であるハーフリング(Halfling)と、彼らの町リバーヴェイル(Rivervale)を発見したミラガルは、これら小さい人々のこそこそして盗みを働く性質を恐れた。そして貴重な品々が質・量ともに増えた結果、知的な生命から離れ、更に遠い北の地へ移動することを決意したのである。彼はエルダイトのスパイと詮索好きなハーフリングの目の届かないよう土地から土地を旅し、やがて広大なツンドラ地帯──この土地は名を持たず、何世紀も後になって初めて極寒平野(Frigid Plain)とだけ名づけられる──へと辿り着いた。この霜で覆われた遠隔の地は、ミラガルの心を惹きつけた。何故ならミラガルの心は既に冷え切り、ただ知識と理論にのみ取り付かれ、そして他の者に対する憎悪に満たされていた。知性あるものの存在はミラガルを慎重にさせ、知識と道具の収集を遅らせたのである。知性あるものの存在への関わりは極小に止め、絶対的に避けられない状況になると身を隠した。
 ミラガルは隠れ、収集した品々を調査するため、極寒平野の氷に覆われた地面の下に部屋とトンネルを巨大な網のように張り巡らせた。この作業のためには少しも労働などを行わず、深遠な魔法を使用した。部屋に次ぐ部屋、通路に次ぐ通路を、古器(Artifact)を貯えるために作り上げたのである。知識と道具を、外の世界の二十年をかけて隠し場所へと戻して蓄え、そして次に既に作り上げてあった幾つかある研究所の内のひとつで少しばかり実験に着手した。

 何年も、何世紀かさえ過ぎ去った。
 様々な魔法的な手段を用い、生命を延ばすための方法の限りを尽くしたにも関わらず、ミラガルは年老いた。老化の話となると、ミラガルの悟りにも限界があった。そして程なくしてミラガルは、自分ですら死ぬであろうことを認めた。彼はただ死の一面だけを恐れていた。学ぶことも収集することもできなくなることに恐怖したのだ。皮膚には皺がより、呼吸は短くなった。ミラガルは、ノーラスの世界を探検することが少なくなり存在に関する研究に多くの時間を費やした。まもなくミラガルは、彼自身の"力と不協和の界"(Planes of Power and Discord)に隣り合った、様々な隠された次元を発見し、これらの間に魔法の門──ポータルを作り出すことで、界を渡る手段を解明した。けれどもミラガルの力は失われつつあり、この現実の中ではその旅程も短時間しか行えず、得るものが無いことさえあった。死すべき運命はますますミラガルの生きる動機を制限し、死の恐怖は日毎彼を苛んだ。生命と死に関する魔法研究の基盤は、幾世紀か前にエルディンからの追放者であった仲間から学んだ基礎をもととして作られていた。死霊術(Necromancy)──他のいかなる魔術よりも、より一層ミラガルはそれに執着した。

 ミラガルは、自分の界の中にポータルを作ることによってわずか数秒で遠距離を旅する手段をついに発見し、それを作り上げた。オデュスに戻ると、その南の地域に他の死霊術師(Necromancer)を捜索する旅をした。おそらくミラガルは、彼らが既に死から逃れる方法を発見したのではないか? と、考えたのだ。程なくしてエルディンの異端者が、地下に果てしなく深い巨大な穴の中に街を築き上げていたことを発見した。この深い亀裂はミラガルが何世紀か前に逃げた内戦のもたらしたものであった。ペイニール(Paineel)と呼ばれるその街は、ミラガルを幾分訝しんだものの街に入ることを許し、そして暫く経つと彼は市民の信頼を得るまでになった。多くのものがミラガルの機嫌を取り、主張を支持した。その内の少数はミラガルを尊敬して、知識と知識、力と力を交換することに同意した。彼らはミラガルに死霊術の真の力──死者を呼び起こし、あらゆることに対して召喚者に従順なゾンビ(Zombi)やレイス(Wraith)を作り出す能力を示したのだ。異端者の多くは死者の軍団によってエルディンを襲撃し、数世紀前に彼らを追放し、戦争を引き起こした評議会への復讐をしようと計画していた。それら死霊術の重要な一面──アンデッドは老化することがないという事実が、ミラガルの興味をひいた。その生命は果てしないように見え、年老いた魔術師はアンデッドのようになる方法を発見しなくてはならないと知ったのだ。ミラガルは異端者の目的に対して興味を持っているかのように装い、死者を呼び起こす呪文を学びアンデッドの軍隊の編成を手伝った。その間ですらペイニールで与えられた小さい家で、研究の多くを隠しながら、自分自身をもって実験を行っていた。そしてミラガルは彼の探していたもの、死者を変えるのと反対に生きているものをアンデッドに変える方法をついに発見したのだった。

 だが不幸にも時間は少なかった。ミラガルは疲弊し、瀕死であり、体は老いにより衰えていた。そして異端者はもう一度戦争をする準備が整いつつあったのだ。北にある隠し場所へと戻るため、ミラガル減りつつある生命エネルギーを少量使用し、ポータルを作り出してペイニールから去った。到着すると、最も秘密の研究室に静かに引き篭もり、最後の呪文の準備を行った。ミラガルはその間中もずっと、果てなく続く探索と発見を夢見て、ゆっくりと究極の実験の準備は整った。付与術(Enchantment)に死霊術(Necromancy)を組み合わせた魔法が、ついに行われたのである。ミラガルは残り少なく儚い自分の生命を、他の死霊術師(Necromancer)より盗み出した小さな装置──聖句箱(phylactery)の中に隠した。魔法的なエネルギーの雲が集まり、そして離散した。かつてミラガルであった者の殻がそこにはあった。アンデッド・メイジ──古代の書物や伝説でリッチ(Lich)と呼ばれるものである。ミラガルは急ぎ、そして計算違いを起こしたのだ。リッチは彼の身に付けた魔術的な力をすべて維持していたが、精神が欠けていたのである。魔術師の魂は遥かな隠し場所に秘蔵された聖句箱の中に閉じ込められ、力と知識を得る野心と願望を持ち続けていた。魂無きリッチはこれらの人間的な特徴を持っておらず、知識と啓蒙の園、力持つ古器で満たされた彼の部屋をあても無くさまよい始めた時、ミラガルの魂は声無き絶叫を上げたのだった。